ルート/ユーズネット会長 井上政彦のブログ「おかげさまで」

井上政彦の、山あり谷ありの日々。
そんな毎日を「おかげさまで...」の気持ちを持ちながら、走り続けて行きます。

2007年12月06日 19:28  カテゴリ:私の販売の原点

創業当時のルート

「おとうさん、大変!!裁判所の人が、勝手に、家の中のものに紙をぺたぺた貼っていった!」

最悪時から、3年経ち、当時の負債はほとんど終わったつもりでいた、昭和56年のことでした。

ある、県外の同業者から仕入れた、車両代金500万円を手形で支払っておりました。

その手形代金を不渡りにしてしまっていましたが、その買戻し金は、数回にわたりましたが、全額支払いは終わっていました。

その手形と、買戻しの現金とを引き換えにせず、自分としては終わったものと思っておりました。

ところが、その同業者は、長野日産からの仕入れにその手形を使い、私の買い戻し金を他に流用してしまっていました。

結果、その同業者は、倒産してしまい夜逃げをしてしまったのでした。

長野日産から請求はありましたが、支払い済みだからと、放置していたものが、欠席裁判となり、差し押さえとなってしまったのでした。

娘からの電話で、自宅へ帰ってみてみました。

たんす、テレビ、テーブル家の中のありとあらゆる物に、差し押さえの紙が張ってありました。

全部持って行って貰おうかとも思いましたが、泣いている娘にとっては大切なものばかりです。

かと言って、とても、500万なんて現金はないし・・・途方にくれてしまいました。

ちょうどその頃、岡信の上挙母支店がオープンして、私の事情など知らない支店長があいさつに来ていました。

普通預金・積み立てなどと言っておられましたが、そのままになっていたことを思い出しました。

支店へ行ってその支店長に、すべてを話し、500万の融資を、と言ってみました。全く、ダメもとのつもりでした。

「事情はよくわかりました。協力しましょう」

2・3日して、融資をしますから、印鑑を持ってきてください。

お願いした私のほうが、びっくりしてしまいました。

500万の融資を受け、差し押さえは解除されました。

岡崎信用金庫、上挙母支店、初代の支店長、簗瀬さんでした

足を向けて寝れない、とは、こういうことだと思いました。

その後支店長は変わり、取引は発展しませんでした。



最悪期53年1月には、多分、5,000万円くらいの負債だったものが・・・

〇 53年に、保険の手続き前、死亡事故で、保険金500万円払ったり・・・

〇 以前勤めていたものが、給料の未払いのみならず、賞与の未払いなんていうことを言ってきて支払ったり・・

〇 未払い先の同業相手より、当方が経営上元気になり、高い利息を支払わされたり・・・

〇 今回のように、ダブル支払いをしたり・・・

その他もろもろで、結果、8、000万~9、000万円支払うことになってしまいました。


いろいろありましたが、おかげをもって、56年には、岡信分を除き、すべてを返し終わることが出来ました。


今だから言えることです。

      「創業当時のルート」は次回でとりあえず終えます。







同じカテゴリー(私の販売の原点)の記事画像
出会いと別れパートⅢ 今だから言えること
出会いと別れパートⅡ・・今だから言えること
出会いと別れパートⅠ26歳で社長になって 「今だから言えること」
整備工場のO社長を逮捕します「今だから言えること」
5,000万円の保証人に・・「今だから言えること」
北海道の人も拘置所の人も「今だから言えること」
同じカテゴリー(私の販売の原点)の記事
 出会いと別れパートⅢ 今だから言えること (2021-09-20 08:30)
 出会いと別れパートⅡ・・今だから言えること (2021-09-19 09:40)
 出会いと別れパートⅠ26歳で社長になって 「今だから言えること」 (2021-09-18 09:19)
 整備工場のO社長を逮捕します「今だから言えること」 (2021-09-17 07:43)
 5,000万円の保証人に・・「今だから言えること」 (2021-09-16 07:20)
 北海道の人も拘置所の人も「今だから言えること」 (2021-09-15 08:30)

Posted by まさひこ │コメント(3)
この記事へのコメント
当時の状況に対して、返済金額の多さには大変さを感じますが、
数年で返済してしまう返済能力にはビックリ致します。
その行動力を掻き立てるものは何なのでしょうか?
ただ単に、こうなってしまったものはしょうがないと言う割り切りでしょうか?
特に行動力という部分ではすごく興味深い関心を持つ私です。
是非、その時の心理を教えてください。
よろしくお願い致します。

                     シモテック 下村
Posted by シモテックシモテック at 2007年12月07日 12:24
シモテック  下村社長様

登山にたとえるなら、麓にいるときから、頂上に自分の気持ちはいます。

頂上にいる自分が当たり前で、麓にいる自分
は本物ではないと思ってしまいます。

だから、なりふり構わず、頂上へと向かいます。

要するに私は、毎日が、不足感のかたまりなのです。

当時作ってしまった天文学的金額の借金は私にとっては当然受け入れられません。

全額返して、堂々としている自分が当たり前の自分であるわけです。それが出来ていないから、悔しいわけです。

悔しさが強ければ、強いほど、集中力が働きます。

でも、自分以外の人には、要求・欲求を小さくします。すると、自然に感謝できます。有難うと言えると思います。

私は、仕事上においては、いつまでも満足できず、走り続けることになると思います。
スタッフ、お客様、周囲の人たちには感謝しながら・・・
Posted by 井上政彦 at 2007年12月07日 18:52
井上会長 様

ご返事、ありがとうございました。
これでもかと言う不満足感を維持する
事の難しさを日々感じております。
私はこのブログを通して人間の小ささを
ものすごく痛感しております。
謙遜でも何でもなくただ純粋な気持ちで
もっと大きな人間になりたい!
そう思っております。
これからももっと会長の伝記を聞かせてください。
よろしくお願い致します。

                シモテック 下村
Posted by シモテックシモテック at 2007年12月07日 19:28
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
削除
創業当時のルート
    コメント(3)